教育家として尾崎豊をどう総括するか

中学生ぐらいのころ尾崎豊をよく聞いた。

オッサンになって尾崎をどう総括するか。

 

ボロボロだった後期が重要なのだが、

後期の尾崎はウケが悪い。

死後のマネジメント方針もあり、情報が表に出てこない。

 

昔は金も情報も無く、どの資料に当たるべきかも解らなかったが

今なら簡単だ。信用できる筋の資料は、

尾崎夫人、兄、大楽氏(最後のマネージャー)の3人の本だ。 

 

そういうのを軸に読み解くと、

尾崎豊というイメージは変わる。

一般的認知である「十代の教祖」とか言うのは

前期2年ほどのメディア戦略に過ぎない。

尾崎はこれの脱却に必死だった。

 

メディアによる美化を避け、どう総括するか。

私の総括では、尾崎豊は「ボロボロの生活と格闘し続けた人」である。

 

といえばかっこいいのだが、

言ってしまえば人が失敗する典型的な落とし穴に

片っ端からハマって行った人だ。 

 

小中高時代の不登校や停学退学といった学校トラブル、

覚せい剤で逮捕、このあたりは有名。

 

しかしこれは表面的なネガティブ情報だ。

死後のマネジメントによって、

出すことを「許可」された情報である。

 

ボロボロの尾崎こそを、

今生き続けている我々は1つ1つ総括し、

自らの血肉に変える必要があると思う。

 

個人的にはそういう尾崎豊のファンでもあるし。 

 

未だ脈々と若い世代が曲を聞いているが、

私が教育家として、オッサンとして、

若いファンに伝えたいのはそういうことだ。

  

では、なにがボロボロだったか。

 

 

1.人間関係

尾崎は人間関係で苦しんだ。

特に後期はかなりの人脈を失っていた。 

 

尾崎がむやみに切っていったのもあるし、

愛想を尽かされたのもある。

 

酒、女、薬物、病気、仕事での失敗など、

全てが絡む。

 

そういう1つ1つの失敗から

人は人間関係を失い、

失敗の連鎖にハマっていく。

 

大人は若い人になぜ人間関係で失敗が起きるか、

ちゃんと教える必要がある。

しかし複雑でどう伝えていけばいいか難しい。

 

重要なのは、1つ1つしっかり原因を分けて考えていくことだ。

 

2.酒

失敗人生のテンプレである。

ここはメディアによってかなり美化されている。

 

酒癖の悪さは美化されてしまう。

一方で、周辺の人間には致命的に迷惑が掛かる。 

これが人間関係を蝕んでいく。

 

3.女

これも失敗のテンプレ。

尾崎は最後まで繁美夫人と不安定なままだった。

 

数度の不倫もやっていて、常に離婚の危機があった。

 

大人の話だから当然、

弁護士とか裁判とか補償金という話が続いていた。

 

4.薬物

アメリカで覚えたという説が根強い。

また日本の音楽業界に、薬物汚染された人間関係があったようだ。

逮捕は88年。

 

うまく薬物を断ち切ることは出来なかったようだ。

解っているだけで、逮捕後にも2度使用している。

 

1度目は逮捕の約半年後。ライブの数日前。

繁美夫人の本に記載がある。88年。

2度目は検死時の大量の覚せい剤反応。これが92年。

 

2度目は量から考えて、

嗜好ではなく自殺目的であった可能性が高い。

所持していたのは事実だろうから、違法である。 

 

88年~92年の間に使用していたかは解らない。

兄や繁美夫人の本では否定的だ。

大楽氏は疑っていたことを本に書いている。

 

 

5.法律、権利関係 

原盤権や所属事務所といった権利関係。

あの時代のアーティストは、これでかなり失敗している。

尾崎も泥沼にハマり尽くした。

 

これに加えてソニーからの移籍と出戻りという

業界慣習を大幅に逸脱した契約トラブルがあった。

 

ここで磨り減った創作力は相当なものだったと予想する。

 

初期は仕方ないが、中期や後期のトラブルは

しっかりした人間関係があれば回避できたと考えられる。

 

尾崎の死後にも失敗があったと考えられる。

相続自体はスムーズに行われたが

その後のマネジメントでいくつかトラブルが起こっている。

 

尾崎豊が一番嫌うのは「商品化」だと尾崎兄の本にあった。

そういう筋の人間が結果的にマネジメントを引き継ぎ、

悪徳小出し商法化を展開している。

 

6.病気

かなり通院歴があったようだ。

 

睡眠薬の処方量は上限いっぱいいっぱいで、

親にまで詐病で通院させて薬を余分に入手していたとか。

 

どの類の薬かは、私はこの領域詳しくないので解らないが

睡眠薬とか内臓疾患系とか書かれている。

周りの人達が把握しきれない量だった。

 

診断結果などは流出していないと思うのでよく解らない。

 

統失とかの精神疾患もあったのではないか。

繁美夫人の本を読むとそうとしか思えない。

ワケの解らない行動を取り続ける尾崎に

繁美夫人は相当消耗していた。

 

安定剤系の薬も常用していたのかは解らないが、

本に出てくる薬の量から推測しても、

睡眠薬と内臓の薬だけではなさそう。

 

20歳そこそこだったし、尾崎は先天的に

内因性の精神疾患リスクを抱えていたのかもしれない。

 

統失っぽい症状は仕事や人間関係に

強い悪影響を与えていたようで、

この点はかなり不幸だと感じる。

 

境界性パーソナリティ障害の説もネットで散見される。

そうなのかもしれない。

 

7.金

尾崎が金に困っていた話はいくつかでてくる。

不倫と離婚の賠償金問題など。

契約の関係で、初期の稼ぎは事務所等に大分持ってかれていた。

 

しかしまだ若かったので、稼働できる年数はたっぷりあった。

金が無い時期がいくつかあったと言っても、

中年のオッサンが金に困るようなのとは性質が異なる。

 

問題だったのは金の使い方だろう。

若いので仕方ないが、あるだけ使ってしまう傾向があったようだ。

 

学ぶ場所も無かったのではないか。

本には金の浪費癖という意外な一面が多く書かれている。

一方でギャンブルには手を出さなかったらしい。

 

 

8.ファンとしての批判と、尾崎豊が掴めなかったもの

 

尾崎は上記に挙げたような失敗を積み重ねた。

尾崎に足りなかったものだ。

まとめて言うなら、尾崎は「地に足の着いた生活力」が足りなかった。

これが尾崎豊が掴めなかったものだと、私は総括している。

 

私はオッサンになって、人生で万人がつまずくような

ポイントを沢山知った。

こうした罠を超えていく力こそが、「地に足の着いた生活力」だ。

若い人にそう伝えたい。

 

人間関係は全ての起点であると知る。人間関係は万能薬だ。

金、酒、女(女なら男)との付き合い方を

失敗しながら着実に学んでいく。

法律は難しいが、年数を掛けて少しずつ生活から学ぶ。

持病とどう向き合っていくか、落とし所を探っていく。

家の中をきちんと整理することも大切だ。

尾崎の部屋はいつも荒れ果てていた。

「地に足の着いた生活力」とはこういうことだ。

 

尾崎はショートカットしたがる傾向がある。

「愛なら救えるかもしれない」というのは違う。

愛はすぐに消耗してしまう。

最後期に人間関係を失っていった結果として、

ファンを6人も従業員として雇っていたのもおかしい。

ドラッグ、また薬物療法依存もショートカット傾向だし、

金の使い方にもショートカット傾向がある。

 

と色々あるが、これらは若いと仕方ない部分もある。

重要なのは、失敗のステップを着実に踏み込んでいくことだ。

尾崎は若くしてスターになった為、ステップを飛ばしてしまった。

その結果、重層的に生活不全が積み上がっていき、

人間関係が根底から蝕まれ、

八方塞がりに陥って自らの生命力をすり潰していった。

 

失敗からきちんと人生を一歩ずつ学ぶ。

それが「地に足の着いた生活力」だ。

若者の暴走族離れ

沖縄の暴走族が激減したワケとは? 単車よりスマホ?(沖縄タイムス) - Yahoo!ニュース

 

色々要因がありそう。

 

重要なのは、「迷惑」のコンセンサスではないか。

これがスマホで浸透するようになった。

 

ネットの文化圏ではDQNという概念があり、

「迷惑」コンセンサスがあり、

それを前提で論理展開している。

 

マイルドヤンキーみたいな文化圏では、

DQNの概念自体が届ききっていない。

コンセンサスも薄い。

 

この「文化圏に届いてない感覚」を説明したいのだが難しい。

 

ネット以前だとこれは非常に顕著だった。

私は2000年前後という微妙な時代に

高校生だったから解る。

 

地元の文化圏に生きてるみたいな人は、

その文化圏だけの影響下で生きていたし、

あの時代はそういう若者だらけだった。

そういう最後の時代。

 

そういう場所では、何が迷惑、というのが確定していない。

迷惑の概念自体がはっきりしない。

 

一方、矛盾するようだが

彼ら自身も迷惑行為を控える前提を持っている。

そういう前提はあるが、

肝心の迷惑行為が確定してなかったのだ。

何が迷惑か解らない。

そういう情報も無かった。

 

それがスマホで爆発的に普及するようになった。

DQNのコンセンサスが普及した。

若者の暴走族離れってのはこういうことなのではないかな。

介護等体験について

教員免許を取るための必須単位に介護等体験というのがある。

 

5日間は高齢者施設、2日間特別支援学校でそれぞれ体験ができる。

これは謎の多い制度で、社会の労力と比して

意義がそこまであるか疑問だ。

 

私が高齢者施設で5日間体験したのは、

老人とひたすら会話することだった。

 

1日6時間ぐらい。

事故が起きるとまずいので、

できることは会話ぐらいなのだ。

他は配膳ぐらい。

 

利用者の老人達は50人ぐらいいて、1人以外全員認知症だった。

あれはキツかった。

認知症の方々と2時間ぶっとおし会話×3セットが5日間続く。

1万円以上払ってこれをやるのだ。

 

しかし人間何からでも学ぶことはできる。

色んなことが勉強になったし、思うことは沢山あった。

 

でも5日間はないんじゃないか。

学生の分配、学生自身の時間など、

社会的コストがすごいことになっている。

ああいう形骸化した制度はどうにかならないものか。

 

2日間の特別支援学校のほうが圧倒的に勉強になった。

ただ湯水のごとく税金が投入されていてめまいがした。

仕方ないのだろうか。

五輪ボランティアは格差問題

東京五輪パラ ボランティア 大学の半数が単位認定を検討 | NHKニュース

回答した半数近くがボランティアに参加すれば、単位認定する方向で検討していることがわかりました。専門家は「ボランティアは本来、自発的に参加すべきものであり、単位で誘導するようなやり方は好ましくない」と指摘しています。

 

つまり五輪ボランティアに参加すれば単位を貰える。

しかもこの記事で書いた通り、

本音ではボランティアってのはアカデミックアチーブメントの拾い集めだ。

つまり進学、就活への点数集め。

 

無給奉仕にこれだけ特典が付与されてしまうと

もはや格差問題だな。

金に余裕のある奴が点数貰えるシステムだ。

バイト代の分、金で点を買えるに等しい。

 

私は公立大学に居たので解るが、

親からの支援が乏しく、ギリギリの長時間バイト生活で

やりくりしてる学生が結構いる。

 

社会は彼らにどう手を差し伸べるのだろうかな。

大変にバカげた状況だが、経過を見守ろう。

毎日新聞の炎上商法、教育悪ノリ報道

鳥栖:中1いじめ、謝罪の市 提訴で態度一変「知らない」 - 毎日新聞

 

かぎかっこ付きで「知らない」とはどんな教育行政だと思い、

記事を参照した。

自治体側にこのような発言は無いようで、

提訴で否認姿勢を打ち出した自治体の態度を示しているらしい。

 

毎日新聞というのは、こういう信用毀損を利用した炎上商法をちょくちょくやる。

捏造まがいのタイトルを持ってきて世論を誘導したいのか。

陰謀論に飢えた大衆のニーズをほんとよく解ってる。 

 

まず真っ先に必要なのは、

①事実関係の洗い出し

②被害届の必要性の強調

この2点。法ベースの処置が最重要である。

 

この記事のような報道をやっていると、いつまで経っても

いじめが解決しないし、いじめが炎上商法の経済循環に組み込まれてしまう。

 

で、法ベースの事実関係。

まず最重要なこと、刑事で立件されたかどうか。

探してもでない。

報道を調べたが、この一番重要な事実関係が報道されていない。

警察による聞き取りまでは報道されているものの、

続報が無いのである。

 

一体どうなってるんだ報道機関は。

刑事事件としての立件は見送られたのか?

これをやるからいじめが解決しないのだ。

 

恐喝があったとされるのが2012年から。

報道は2013年頃からで、「70万円の恐喝」を軸として

複数記事が確認される。

市側と加害者側に一定の事実関係を認める姿勢。

刑事裁判の報道は見当たらない。

おそらく刑事としての立件はされていない。

 

民事の提訴は2015年。

ここで市側と加害者側は請求棄却を求めており、

交渉が決裂した様子が伺える。

「刑事事件としての立件」の次に重要なのが、

ここの経緯と変遷だ。

 

で、またこの転向理由もきちんと報道されていない。

バカなのかこの国の報道機関は。

 

代わりに何を報道しているかというと、

この毎日の記事のように被害の具体的なシーンや、

その後の生活の苦境といった内容。

 

もちろんそうした供述は重く受け止められるべきだが、

ボトムの事実関係があやふやなままでは、

こうした報道は、非常に意味が薄い。

法ベースにおいては、事実に基づくかが不明な一方的な訴えなのだから。

 

タチが悪いのは、法ベースでの意義は薄いのに、

報道機関はノーリスクで炎上商法を展開できることだ。

こんなバカな報道を許していいはずがない。

 

毎日に限らず、報道機関というのは教育をなめている。

教育ジャンルになると、報道はあいまいになり

勝手な道徳論が展開される。

 

どっかで理論化したいが、学校に関わるものすべて、

「学生のノリ」化する傾向がある。

プログラミングの成長について

今年はずっと仮想通貨のシステムやbotを組んでいる。

 

趣味プログラミングは小学生時代から20年以上続いていて、

毎年成長している。

 

この成長は不思議で、1年前書けなかったコードが、

書けるようになってくる。

特に小学生の頃、日々書けるようになっていく自分を実感していた。

あの感覚は教育観の原点だ。

 

どうも成長の本質が2系ある。

 

①まずは物理的にコード。

機能や書き方を知っていないとコードは書けない。 

 

②次が不思議で、アルゴリズム

よく解らないが、頭の中に構築されているようだ。

 

①と②は連関しているのでどっちも外せない。

英語でいうと①は暗記で②は思考部分だろうか。

心理学的に、意味記憶と手続き記憶と言ってしまえばそうなのだが。

 

余談だがハッタリ系の教材や教師は②の魔法性を強調して①を軽視する。

 

ここから教育について閃いたこと。

 

教育的プラットフォームは、

教育効果の期待予測に、②の成長をうまく折り込めていない。

①は機械的計測しやすいので評価システムと統合しやすい。

②は個人差が大きく、生涯に渡って成長するので色々予測が難しい。

大きな問題は、教育プラットフォーム自体の評価のなされ方が

①を基軸としたものとなること。

 

全然新しいことを言っていないわけだが、

教育者は②の心構えをどうするか。

これ自体プランに折り込んでいくのが困難で、

生き方として長期的になんらかの方法で提示していくことかな、

とか思った。

 

普通のことしか言えてないな。

熱中症とか

熱中症か、小1男児が校外学習の後に死亡 TBS NEWS

 

気象庁とか自治体が警報出すべきなのでは。

高温注意情報というのがあるが、高温警報は無いようだ。

 

死者が出るレベルなら、大雨警報とかと比較しても

災害としての規模は十分に大きいと思うが。